人形町・中村座
江戸東京博物館にて
屋根の中央の櫓に座紋「角切銀杏」スミキリイチョウ
をいただく復元芝居小屋(原寸、間口20m、左右に2つ
ある黒いものは、防火用の雨水を貯める桶
昨年は、歌舞伎界で訃報が続きTVなどで追悼放送など
があり、ちょっと興味のある一角でした。下調べせずに
行くとどこから見ればよいのか判りません。でも、いろ
いろ見所が満載の復元・中村座のようです、ただし、
興味のある人にはですが。
ちなみに、この小屋は、文化2年(1805年)11月の
顔見世興行、演目は「清和源氏二代将」を復元した
とのこと。
櫓の下の「看板」には、中村座を代表する3役者名が
・猿若勘三郎(中村勘三郎)
・瀬川路考
・岩井半四郎
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Comments (7)
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先ずは、さわり
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/permanent/7.html
こんな手引きも
http://4travel.jp/travelogue/10294259
勉強になります01-28-2014 10:34 早起き鳥 (6)
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歌舞伎役者は江戸時代から面々と引き継がれてすごいですねえ、世界にも類を見ないでしょうね
興味ある人は突っ込んで研究したくなるでしょうね01-29-2014 23:57 tH (3)
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tHさん、おはようございます
江戸時代から様式を守りながら伝統を続けるということは、どれだけ大変な
ものなのか、凄い事ですね(*^^)v
昨年末、京都南座で、猿之助・中車の襲名披露公演がTVで紹介されて
それを見たのですが、ワイヤーを使った宙乗の飛び技など、最近になって
考案されたものかと思いましたが、結構昔から行われていたようで、
驚いた次第です。それと、歌舞伎の演目は、歴史上実在する人物の名前を
変え登場させ、それとなく時代世相を風刺したところが、江戸の民衆に
受けたんでしょうね(*^^)v
役者も聴衆も「文化」程度は高かったでしょう01-30-2014 08:05 早起き鳥 (6)
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歌舞伎のみならず「能・狂言」もその昔から伝統が続いていますね、創成期は庶民に近く、大衆芸能(今よりも)だったんでしょう
檜枝岐に行った時も農民歌舞伎の舞台だけを見てきました、実際上演されている時に行ってみたいと思いました。01-30-2014 22:16 tH (3)
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tHさん、おはようございます
江戸期の日本人の識字率は大変なものだったようですね、それ以上に
文化的素養も平均して高かったんでしょうね(^^)/~~~
上演時期は、秋ですか?01-31-2014 08:00 早起き鳥 (6)
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檜枝岐歌舞伎は4月〜9月ころまで有る様ですね
http://www.oze-info.jp/kabuki/
270年以上の歴史があるようですよ02-01-2014 00:22 tH (3)
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tHさん、おはようございます
江戸歌舞伎から100年経った頃の成立ですね〜(*^^)v
もともと、鎮守神の祭礼への奉納がはじまりのようですね、佐渡も
能が盛んですが、意外にも島流しにあった「世阿弥」が島民に教えた
形跡はないそうです、初代佐渡奉行の大久保長安が広めたとのこと
です。
発生理由は様々ですが、歴史を積み重ねるということは素晴らしい
ことですね(#^.^#)02-01-2014 08:23 早起き鳥 (6)
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